『明治日本の産業革命遺産』での"朝鮮人労働"

ソウル聯合ニュースでは、次の様に報じています(7/6)。

日本の佐藤地ユネスコ政府代表部大使は5日、ドイツ・ボンで開かれた世界遺産委員会での英語演説で、朝鮮人の強制労働の歴史について、「against their will and forced to work」などと発言した。これに対し、韓国政府は非公式の翻訳文(韓国語)を通じ、「本人の意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で強制され労役した」と解釈した。韓国政府当局者は「日本による植民地時代に本人の意思に反して労働させられたことを、日本政府が事実上初めて国際社会で公式に言及したことに大きな意味がある」と高く評価した。
だが、岸田文雄外相は産業革命遺産の登録決定後、東京都内で記者団に対し、「強制労働を意味するものではない」と説明した。日本政府の仮翻では「意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた」と解釈。「強制労働」より低い水準の表現にとどめた。
これに対し、韓国政府当局者は聯合ニュースに対し、「『意思に反し』『厳しい環境の下で働かされた』との表現は誰が見ても強制労働と解釈できる」と反論した。
解釈をめぐる論争が拡大する場合、両国の関係改善にとって、悪材料になるとの懸念が出ている。

強制労働とは、その名の通り、本人の意思に反して労働を強制されることです。戦時中、秋田の花岡鉱山へ強制連行された中国人が、その労働の過酷さに耐え切れずに蜂起した「花岡事件」が例に挙げられます。この事件は00年に「鹿島」が5億円を拠出して和解が成立していましたが、最近再び争いになっています。

今回の混乱の元は、加害者と被害者という立場の違いから生じています。そして問題は、「forced to work(働くことを強いられた)」と「forced labor(強制労働)」との間の差異を曖昧なまま事実を認めることは、また別の火種を抱え込むことになるのではないかということです。"ILOで禁じている強制労働"ではない、ということが両者で確認されているのかどうか、今のうちに是非知っておきたいところです。

『言葉』は、その表現する具体像を共有して、初めて機能します。「嫌いではない」は、「好き」より低位の意味で使われますが、時には上等なほめ言葉として使うこともあります。ことほど然様に、"事象を共有すること"は、簡単ではありません。「集団的自衛権の行使」といった明らかな憲法違反がここまで揉めるのも、具体的な場面の"共有"が出来ないからなのだと思います。


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          アマサギ

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