沖縄の民主主義

沖縄の長くかつ苦難の歴史を、「日本全国、悲惨な中で皆さんが大変ご苦労されて今日の豊かで平和で自由な国を築き上げてきた(菅官房長官/9月)」、と全ての日本人が味わった苦労と同質であるように認識することは、明らかに誤りです。政府の中枢にこういう考え方があるというのは、沖縄の正しい解決には到底結び付きません。官房長官が、広島や長崎、更に空襲を受けた多くの都市を念頭に、「沖縄だけじゃない」と発言されたのであれば、あまりにも浅はかな考え方です。

沖縄の問題は、木村草太氏の『沖縄タイムス』での解説が、私には一番分かり易く感じられます。中身はここでは紹介しきれませんが、いま沖縄で起きていることは、私達に等しく関わる民主主義の危機の問題ではないだろうか、という思いに至ります。

いずれ核廃棄物処理施設の立地が深刻な問題となるのは明らかですが、その時に、何の瑕疵もない有効な手続きとして今回の辺野古基地建設が前例になるとすれば、ことは重大です。


テロと戦うためには、未熟とはいえ、民主主義による意思決定の方が少しはましだ、とみんなが感じる必要があります。「法治国家」という概念がこれ程軽んじられていく時代は近年なかったように思え、その辺が少し心配になります。

来年は国政選挙の年です。60年代に「♪誰の所為でもありゃしない、みんなおいらが悪いのか」という歌がありましたが(尾藤イサオ/悲しき願い)、基本的にはそういうことですから、ちゃんと考えねばと思っています。


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        師走の竹林(かさだ広場)

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