週刊・『チューズデー』 号外 *サミット

期間中、警視庁による都内警備に約1万9千人、他に全国約3千5百か所のソフトターゲットに約7万人の警察官が動員されます(朝日Web)。日本の警察官は全部で約28万人ですから(総務省/10年)、その数の多さに驚きます。また、国・地方を含めた開催経費の総額は、2000年九州・沖縄サミットの700~800億円に匹敵すると言われています。

一方で、若い女性のSOS発信にも拘らずストーカー被害に遭うという悲しい事件がまた起きてしまいました。サミット警備が影響を及ぼしたなどと言う気は勿論ありませんが、しかし、これほど大騒ぎしなければ先進国同士の意思疎通が図れないものなのでしょうか。殆ど観光気分の若き指導者の姿までも見せられると、ついそんな苦言を呈したくなります。

そもそも、1970年代のニクソン・ショック(ドル切り下げ)や石油危機に端を発した先進国共通の課題を政策協調によって対応しようとして始まったのが、先進国首脳会議です。そして40年前の1975年11月、パリ郊外に、日、米、英、仏、独、伊の6か国が集まったのは、そうしないと先が見えてこない切迫した『経済問題』が目の前にあったからです。

その後年1回と定例化され、時々の世界情勢など幅広い問題が議論の対象とされるようになりましたが、今や世界第2位の経済大国となった中国抜きに世界経済を語ることや米国と並ぶ核大国のロシア抜きに世界平和を語ることは、殆ど意味がありません。更に、アメリカの存在価値の相対的な低下やイギリスのEU脱退の危機などを目の当たりにすると、「先進国」首脳会議は、もはやイベントとしての開催意義しかなくなっているのです。

勿論、直接顔を合わせることに幾ばくかの意味はあるのでしょうが、テロ対策にこれほどのエネルギーを割かなければならないとなると、開催方法についての再考の余地は十分あると考えられます。ICT技術の進歩をアルファ碁の"頭脳"で見せつけられた直後だけに、こうした大騒ぎが余計に陳腐に見えてくるのです。

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       壁の向こう 【ふれあいの森/19日】
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