『俳句斜説』・3月号 【方言】

 
涼しさを我宿にしてねまる   芭蕉

「ねまる」とは、くつろいで座るという意味の東北方言です(『三国/七版』)。詳しく調べると、九州の方言では食べ物が腐るという意味のようです。

また、『三国』の「おとつい」には「関西などの方言」との説明があります。ただ、『日本の方言地図』(徳川宗賢編/中公新書)によると、どうもその「おとつい」の方が本家のようです。"おととい来やがれ"のような東日本での言い方が幅を利かせるようになって、「おととい」が標準語の地位を占めた感じです。

方言には、関西弁のような誰でも理解できるメジャーな「方言」から上述の九州で使う「ねまる」のような純方言、更には知らぬ間に方言になっていた「おとつい」まで様々な濃淡があります。

俳句に方言を使うことについては、死語・造語と同じように私は否定的です。場合によっては意味が通じないばかりか、そこに新味を求めるのは王道ではない気がするのです。

芥川賞・『おらおらでひとりいぐも』は、選評にあるように東北弁が授賞理由となった訳では当然ありません。主人公「桃子さん」の内心は東北弁でなければならなかった必然があるのです。17文字の世界でそうした必然を主張することは、どう考えても紙幅が足りないのです。

芭蕉が「ねまる」とした根底には、おそらく『おくのほそ道』故の地元へのサービス精神があったからなのでしょう。しかし、芭蕉がすることなら何でも真似して良いとは決してならない。私は、強くそう思います。


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      耐え忍ぶ。 【ふれあいの森/26日】

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