俳句斜説・1月号 【擬音語・擬態語】

専門家は擬音語を嫌うのではないかと思っていたのですが、違いました。【オノマトペ俳句】で検索すると、少なくないプロの俳句が並びます。
 
一月の瀧いんいんと白馬飼う   飯田龍太

(前略)丈余の高さから、湛えた水が一気にほとばしって、その音は、いんいんと山峡にひびく。(後略)  『自選自解句集』(講談社)

ということは、薄暗く淋しいさまを表す「陰々」ではなく、音のとどろくさまの「殷々」又は「隠々」を表現しています。

私が俳句のオノマトペに好感を持てない理由は幾つかありますが、最大のそれは、音を文字で書くことは最後の手段ではないか、というものです。そもそも、無限の聞こえ方のある音を特定の言葉で表現することは無理なことでもあるのです。

更に、擬音表現の質と量となると漫画の世界には遠く及びません。「ジャーン」という伝統的なものから「ギョーン」といった革新的(?)なものまで、そこはまさにオノマトペの宝庫です。画と音とで描くのが漫画ですから、17文字で挑んでも太刀打ちできないのは当然と言えば当然のことです。

音の表現の奇抜さを競うことは素人に任せ、擬音を使わずに"法隆寺の鐘"の響きを伝えるのがプロの俳句なのではないか、と私は思います。



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     サルトリイバラ 【Fパーク/2日】


【*素人の愚説はまだ当分続きます。お暇な人は今年もお付き合いください。】

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